なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(後編その1)
-事例から考える日本の都市樹木再生-
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2021.07.19 コラム
#計画 #設計 #伐採 #更新 #保全 #管理 #剪定 #樹形 #植栽間隔 #緑陰 #景観
細野哲央(ほその てつお) 一般社団法人地域緑花技術普及協会 代表理事 博士(農学) 樹木医
なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(前編その1)-事例から考える日本の都市樹木再生-
熊本市が2021年秋から開始予定だった「街路樹再生計画」(以下、再生計画)に基づく伐採事業が中断されることが報道されました(2021年6月現在)。 再生計画は、街路樹の課題を解決して潤いと安らぎのある街路樹空間を創出することを目的としており、今年度、主要地方道熊本高森線(電車通り)と主要地方道熊本益城大津線(第二空港線)の街路樹の伐採が予定されていました。 しかし、伐採事業に対しては多くの反対意見が寄せられます。 これを受けて市長は、これまでの経緯を含めて丁寧な説明や議論が必要だとして事業の中断を決めました(熊本日日新聞2021年6月26日「街路樹伐採を中断 熊本市長「説明や議論必要」」)。 今回、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。 STAGE編集部が街路樹問題に詳しい細野哲央さんにインタビューしました。 その前編では、住民説明会やパブリックコメントなどの手続きに関するお話を伺いました。
なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(前編その2)-事例から考える日本の都市樹木再生-
今回はその後編。 再生計画の内容に踏み込んで詳しく伺います。
再生計画策定の目的と方針
― 再生計画では、街路樹の具体的な課題として、歩道の有効幅員の減少、根上がり、視距支障、倒木などの安全性に関わるもの、生育環境による樹高や樹形のばらつき、強剪定による樹形悪化などの景観に関わるもの、苦情対応、財政負担、落葉清掃などの市民負担などの維持管理に関わるものが挙げられています。 これらの課題を解決することが再生計画策定の目的ということです。 細野: はい。いずれも、どこの自治体でも多かれ少なかれ直面している課題だと思います。 再生計画では、安全性、景観、維持管理の点から課題を分類していますが、私は設計レベルから生じた課題なのか維持管理レベルで生じた課題なのかで分類した方が良かったと思いました。 設計自体に問題がある場合と維持管理に問題がある場合とでは課題解決のための手段も異なりますから。 維持管理に問題がある場合であれば、維持管理の方法を検討して修正すれば解決する場合も多い。 一方で設計自体に問題がある場合は、伐採・更新で対応するよりほかに手立てがないこともあります。 逆に、維持管理に問題がある場合は、伐採・更新をしても従来の維持管理が変わらなければまた同じ問題が起こりがちです。 ― 市は、再生計画の基本方針を「都市緑化に資する潤いと安らぎのある街路樹空間の創出」として、 (1)安全で快適な街路樹空間の形成、(2)周辺と調和した良好な街路樹並木による景観と都市の魅力向上、(3)適正かつ持続可能な維持管理の推進といった街路樹の再生方針を掲げています。 そして、課題解決のための具体的な手段として、「再整備」(課題がある樹木を伐採・更新することによる路線全体の再生)、「保全」(既存の樹木の回復・保護)、「日常管理」(維持管理による対応)を挙げています。 細野: 「再整備」のなかの「更新」は伐採した後に補植するということですね。補植の条件はどうなっていますか。 ― 再生計画では、一定区間で多くの街路樹が伐採されて著しく連続性が損なわれる場合に、必要に応じた補植を行うとされていますので、かなり限定的な措置になるようです。 街路樹を「再生」する計画としては違和感がありませんか? 細野: そう思います。 「再整備」であれば、全体の植え替えや植樹桝のリニューアルを含んでいると普通は思いますが、実際には今回の再生計画では伐採が主体になるということなのですね。
街路樹路線カルテ
― 今回の伐採事業の対象となった、主要地方道熊本高森線(電車通り)と主要地方道熊本益城大津線(第二空港線)は、都市計画的な観点と、「街路樹路線カルテ」(安全性・景観性・維持管理の観点からの調査結果)から決定されました。 ですが、この2つの重点路線を選定する資料になった「街路樹路線カルテ」の内容は再生計画の資料で確認することができます。 「街路樹路線カルテ」の中で何か気になることはありますか? 細野: それでは熊本高森線(電車通り)のカルテから確認してみましょうか。
細野: カルテには、樹木異常・要樹木診断が5.93%、架空線等施設との接触が5.79%、根上り等による路面異常が2.23%、過密化が30.27%とありますね。 この「過密化」というのはどういう意味なのでしょうか? ― 再生計画では、「植栽間隔が基準(10-12m)よりも狭く、間伐しても問題のない樹木」と定義されています。 また、植栽間隔については、「高木の植樹間隔は、通常の人工仕立てでは、樹冠幅(通常4-6m)に約2mを加えた距離、すなわち6-8mとするのが一般的で、自然仕立てにおいて更に大きい樹冠幅となる時は、10-12mとする場合もある」と記載していました。 街路樹を植える間隔にもルールがあるんですね。 細野: 街路樹の植栽間隔は、緑陰機能や景観形成機能が効果的に発揮させられるのであれば、柔軟に設定して良いことになっています。 一般的には6-10m程度だと思いますが、例えば風景の眺望確保や隣接する緑地との調和などを考慮して植栽間隔を広げることはあり得ます(「道路緑化技術基準・同解説」など)。
道路緑化技術基準・同解説 著 者 :日本道路協会 編集 発 行 :日本道路協会 発行年月:2016年03月
細野: 再生計画で示されている植栽間隔は、風景の眺望確保や隣接する緑地との調和などはとくに配慮されていないようです。 そして、対象路線の植栽間隔は6-12mが多いようなので、現在は標準的な植栽間隔といえるでしょう。 樹高は8-12mということですから、樹高と枝張りの比率から考えると、ほとんどの区間で枝張りは3‐8m程度に収まっているはずです(「道路植栽の設計・施工・維持管理」)。 そのくらいの樹木の大きさであれば、一般的な「過密化」の意味、過剰に集中している状態かを考えると、ほとんどの区間で現状の植栽間隔でも過密ではないと思います。
道路植栽の設計・施工・維持管理~安全な街路樹・危険な街路樹~ 監 修 :中島 宏 発 行 :経済調査会 発行年月日:2012/01/05
細野: 現状の植栽間隔を広げるとなると、むしろ「過疎」になるといって良い。 スカスカな状態で、緑陰や景観の点でとても残念なものになるでしょうね。 ― 顕著にそれがわかる画像が再生計画にも掲載されていますので、引用します。 伐採事業後のCG(下の画像)を見ると確かにスカスカでした。
― 再生計画では、高木の管理目標樹形は自然樹形を基本とし、現況より樹冠を広げつつ景観や緑陰の確保に努めるとしています。 細野: 景観や緑陰を確保するのであれば、10-12mの植栽間隔だと、本来は街路樹1本1本の枝張りを8-10m、樹高を20mくらい…、ほとんどの区間で現在の倍くらいの大きさにする必要があるわけです。 再生計画では歩道や植樹枡を拡張するなどしてリニューアルするわけではないようですから、現状の街路樹の大きさ自体を大幅に変更するための具体的な計画を練らないと実現するのはとても難しいことだと思います。 そもそも、「間伐しても問題のない樹木」というのは何なんだろうということですよ。 これは伐採の必要性にかかわる要素ではなくて、伐採を容認するための要素ですよね。 ― 本当ですね!「再整備」すること自体が目的化していないと出てこない項目だと思いました。 ― 過密化以外の問題はどう考えられますか? 課題がたくさんあるという前提の割には、具体的な問題が発生している場所の割合は意外と少ない、という印象を持ちました。 細野: 私も同感ですね。 発生数からみると、問題が発生している場所で個別に対応していくのが自然に思えました。 樹木異常は、問題が見られた5.93%の街路樹に対して個別に樹木医が診断をして、危険木なら伐採すればいいだけのことです。 架空線の接触は、問題が見られた5.79%の街路樹に対して支障部分の幹・枝を切り返して架空線に保護カバーを設置するだけ。 全国的にも色々なところで行われている措置です。 根上りによる舗装不陸は2.23%。程度にもよりますが、多くは舗装を部分的に補修すれば十分でしょう。 普通、舗装不陸の原因になっている根はたいして太いものではありません。 ― 熊本益城大津線(第二空港線)はどうでしょうか。 細野: そうですね。このカルテに関しては、幅員不足とされている区間のみ、「再整備」の根拠があると思いました。 個別論で具体的な批判をするようなことはあまりしたくないので、これ以上はやめておきましょう。 ― 後編その2では、なぜ市が伐採事業を勧めようとしたのかについて伺います。
なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(後編その2)-事例から考える日本の都市樹木再生-
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細野 哲央(ほその てつお) 一般社団法人 地域緑花技術普及協会 代表理事 樹木医 博士(農学) 国立大学法人 千葉大学 客員研究員 樹木のリスクマネジメント、樹木医倫理の分野で日本の第一人者として知られ、樹木と人のかかわりを切り口として、多岐にわたる分野の調査・教育業績をもつ。 植栽や庭園の施工・維持管理技術、緑化樹木の生産・管理技術、緑の生理・心理的機能、樹木の成長特性などにも造詣が深い。 市民や若手技術者の育成には特に力を入れており、市民講座や自治体職員・技術者向けの研修会などで精力的な講演活動を行っている。