
STAGE 編集部
人と緑・花をつなぐコーディネーター
地域緑花技術普及協会
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「社叢を守る」シリーズでは、鎮守の森、社叢を守り続けるための情報を発信しています。この記事では、倒木・落枝事故のリスクを低減することが、社叢を守り続けることにつながることをご紹介します。
リスク管理の観点での社叢点検がなぜ必要なのか
道路や橋、電気や上下水道などは、いうまでもなく、私たちの社会や生活を支える公共性をもつ社会資本です。同様に、地域の歴史と文化を伝える自然環境を残す社叢も、社会資本として重要な価値を持っています。
社叢をはじめ、都市域の樹林や緑地などの自然環境を重要な社会資本と位置付ける考え方は、今や珍しいものではありません。これらは「グリーンインフラ」と呼ばれており、私たちの国でも自然環境がもつ多様な機能を活用して、安全・安心で持続可能な社会を実現するための政策が推進されています。
道路などの旧来のインフラについては、私たちはできるだけ長くその価値を維持できるように、またできるだけ故障や破損が起きないように、専門家による定期的な点検やメンテナンスを欠かさずに行っています。それをおろそかにして何か問題や事故が起きたときには、それらの所有者や管理者は責任を問われます。そのことに異論をはさむ余地はないでしょう。
これに対して、同じく社会資本である社叢についても同様に考え、樹木の点検や管理が行われている例はどれくらいあるのでしょうか。大きくなった樹木は、その質量が大きい分、倒木や落枝が起きたときの被害も甚大なものとなります。時には、人命を奪い、財産を破壊する凶器となることもあります。
社叢の倒木事案においては、2020年7月に、豪雨の影響で倒れた大湫神明神社(岐阜県瑞浪市)の大杉などは記憶に新しいです。倒木後の調査結果の報告では、大杉の根株が腐朽し、支持根が枯死していたことが、間接的な倒木原因であったと指摘されています。
また、2010年に強風の影響で倒れた鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)の大銀杏も、新聞やテレビで大きく報道されたため、記憶に残っている方が多いでしょう。この倒木の原因は正式には発表されていませんが、当時報道された画像を見ると、この大銀杏にも根株に大きな腐朽と空洞があったことが確認できます。
いずれの事案も、樹木は参道または社殿に隣接する位置で生育しており、倒れれば参拝者が下敷きになる位置関係にありました。もし人に直撃していれば、取り返しのつかない深刻な結果を招いていたのは明白です。これらの事案において人身被害がなかったのは、単に運が良かっただけなのです。
これらのほかに、誰もがすぐに思い出すような社叢の倒木・落枝の事案は多くはないかもしれません。しかし、それは倒木・枝折れ事故の多くが当事者間で処理されているためであり、事故の発生自体が少ないことを意味するわけではありません。むしろ、事故が起きてもおかしくないヒヤリハットの事案まで含めれば、全国の社叢で数多くの倒木・落枝の事案が発生していると思われます。
その理由としては、大径木化、老齢化、都市化による生育環境の変化や管理面の問題から起こる樹勢の衰退など、課題が山積する社叢が増えてきていることや、社叢周辺の開発・宅地化、住宅の高密度化などにより、社叢と人の住生活圏が物理的に近くなったことなどがあげられます。
倒木や落枝により人身・物損事故が起こった場合、その樹木に「瑕疵」(かし)があったなら、所有者や管理者はその被害の損害を賠償する責任を負います(民法717条第2項)。「瑕疵」とは、通常備わっているべき安全性が欠けていることであり、樹木の場合は、腐朽や空洞、枯死や枝枯れ、極端な傾斜や根の支持力の低下など、倒木や落枝を引き起こす構造上の弱点があった場合に該当します。
想定外の異常気象によって社叢内の多くの樹木がなぎ倒された場合、それは自然災害であり、社叢を所有する神社の賠償責任が問われることは考えにくいです。しかし、台風や強風の中であっても、もともと構造上の弱点があった特定の樹木が倒れた場合には、話が違ってきます。実際、倒木・落枝事故の多くは台風や強風時に発生していますが、それだけを理由に樹木所有者の損害賠償責任を否定した裁判例は知られていません。
筆者も以前、誰もが知るような有名な神社の参道並木の事故の裁判に関わったことがあります。台風のさなかに、参道並木の大木の幹が地上数メートルの高さから折れて、隣接する家屋に落下しました。実際に現場に行ってみると、直撃を受けた家屋の一室は巨大な幹に押しつぶされ、跡形もないほどでした。折れた幹には根株からつながる大きな空洞があり、それが事故の原因と考えられました。この裁判の判決でも、神社の賠償責任が認められています。
こうした裁判例からも明らかですが、樹木の構造上の弱点が原因となって起きた倒木・落枝事故は、所有者や管理者がそれに気付かなかったために起こった人災の側面があるといえます。裏を返せば、専門家による点検と適切な処置が実施されていれば、未然に防ぐことができます。
筆者は、とある社叢で倒木事故が起きたことをきっかけに、広大な社叢を持つ神社から、これまでの社叢環境を守りながら事故を防ぐことができないかと相談を受けたことがあります。社叢を守ることと倒木・落枝事故を防ぐことは、互いに矛盾するものではありません。むしろ、社叢を守り、健全な樹木を維持することは、倒木・落枝事故のリスクを低減することにつながります。
そこで、筆者は、リスク管理の観点から樹木を診ることができる専門家が合理的に社叢点検を行なうことと、個々の樹木の状態をデータベースに記録し、樹木の状態のモニタリングやリスク評価に基づいた適切な措置を実施することを提案しました。このご縁から、定期的に点検に入らせていただくことになったこの社叢では、森厳な風致を保持しながら、参拝者や近隣住民の安心・安全な環境が見事に実現されています。
本稿では、社叢点検が必要とされる背景についてご説明いたしました。具体的な点検内容や、専門性が不足していても実現可能なリスク管理手法、費用捻出のためのアイデアなど、さらに踏み込んだ内容については、後日のご紹介を予定しております。
当協会では、社叢に関するさまざまなお悩みに対応し、保全と管理に関するコンサルティングサービスを提供しております。社叢の未来を守るために、ぜひお気軽にご相談ください。
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