なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(前編その1)
-事例から考える日本の都市樹木再生-
2021.07.19 コラム
#計画 #設計 #伐採 #更新 #市民 #苦情 #住民説明会 #パブリックコメント
細野哲央(ほその てつお)
 一般社団法人地域緑花技術普及協会 代表理事
 博士(農学) 樹木医

熊本市の「街路樹再生計画」事業中断

 熊本市が2021年秋から開始予定だった「街路樹再生計画」(以下、再生計画)に基づく伐採事業が中断されることが報道されました(2021年6月現在)。
  
 再生計画は、街路樹の課題を解決して潤いと安らぎのある街路樹空間を創出することを目的としており、今年度、主要地方道熊本高森線(電車通り)と主要地方道熊本益城大津線(第二空港線)の街路樹の伐採が予定されていました。
  
 しかし、伐採事業に対しては多くの反対意見が寄せられます。
 これを受けて市長は、これまでの経緯を含めて丁寧な説明や議論が必要だとして事業の中断を決めました(熊本日日新聞2021年6月26日「街路樹伐採を中断 熊本市長「説明や議論必要」」)。
 今回、なぜこのようなことにが起きてしまったのでしょうか。
 STAGE編集部が街路樹問題に詳しい細野哲央さんにインタビューしました。

(後日追記)
*2021年11月19日、熊本市の街路樹再生事業で伐採が計画されている街路樹502本のうち、約5%の23本が危険木として緊急伐採されると報道がありました。
(「熊本市伐採予定の街路樹5%早急に伐採と結論」熊本放送、2021/11/19)

熊本市の街路樹再生事業、危険木について伐採を実施


 ― 今回の問題は2021年5月に、主要地方道熊本高森線(電車通り)で街路樹の6割が伐採される計画が新聞で報じられたことが発端となりました(熊本日日新聞 2021年5月22日「街路樹に巻き付くピンクのリボン、何の印? 熊本市中心部・電車通りの6割に」)。
 その報道の後、市には十数件の反対意見が寄せられたそうです。 

 *主要地方道熊本高森線(電車通り)
 9.3kmの区間に市木のイチョウを中心とする中高木の街路樹が約720 本植栽される。
 植栽は、1953(昭和28) 年の熊本大水害の後、景観を復興しようと、1960年前後に植樹が始まったとされる。
  
 *主要地方道熊本益城大津線(第二空港線)
 5.3kmの区間に県木のクスノキを中心とする中高木の街路樹が736 本植栽される。
 植栽は、熊本県が昭和60 年度から10 年間実施した「くまもと緑の3 倍増計画 」による。 

 ― 報道では次のような反対意見が紹介されていたので引用します(熊本日日新聞2021年6月25日「街路樹伐採、市民「再考を」 熊本市の電車通り・第2空港線 「森の都」象徴…パブコメ実施せず」)。 

「伐採のニュースを見て驚いた。そもそも計画自体を知らなかった」。長年、国や県の天然記念物指定の樹木に携わってきた樹木医の今村順次さん(70)=同市北区=は「樹木には大気を浄化する機能がある。脱炭素社会を目指す時代の流れにも逆行する」と計画の見直しを訴える。

 「森の都」の風景が変わることを心配するのは、福祉施設理事長の津留清美さん(68)=同市中央区。「熊本地震後、市内の緑は確実に減っているのに」と表情を曇らせる。

 細野哲央さん(以下:細野): 街路樹の伐採・更新に関わって起こった市民と行政のトラブルですね。
  
 残念なことですが、国立市でのさくら通りの改修事業や千代田区の歩道拡幅工事(*)など、これまでにも似たようなことはたびたび起きています。 

 *2015年、国立市の桜通りの改修工事での街路樹の伐採に対して起きた市民の反対運動。
 当初、市は桜を一斉に伐採・更新する計画であったが、反対運動を受け、街路樹診断により危険と判断された桜と、交通安全上やむを得ず植替えが必要な桜のみを更新することになった。
  
 *2016年、千代田区の神田警察通りの歩道拡幅工事での街路樹の伐採に対して起きた市民の反対運動。反対運動を受けて計画が見直されることになった。 

街路樹に対する市民の意見は?

 ― 再生計画は、専門家や学識経験者、自治体職員などで構成する委員会で計3回審議されています。
 1回目と2回目の委員会の間には、伐採を実施する路線の沿道住民や商店街関係者への説明会が開催されました。
  
 説明会には約310人が参加したそうですが、その時には、「根で路面がボコボコして危ないので計画を進めてほしい」などで、概ね賛同する意見しか出なかったと報道されています(熊本日日新聞2021年6月25日「街路樹伐採、市民「再考を」 熊本市の電車通り・第2空港線 「森の都」象徴…パブコメ実施せず」)。
  
 市には、以前から「害虫がいる」「落ち葉で側溝が詰まる」「鳥のふんが汚い」「通行に支障がある」などのクレームが寄せられていたそうです。
  
 これは、沿道に住む人たちの意見とそれ以外の地域に住む人たちで意見が異なっていたということでしょうか。
  
 細野: たしかに、沿道で生活していると、街路樹の落葉で家の雨樋が詰まったり、街路樹につく虫の甘露が落ちて道や車がベタベタになったり、ということは実際ありますよね。
 下を通るだけの方に比べれば、街路樹に不満を感じている方が多いというのは間違いないことだと思います。
  
 専門家の口からでさえ、街路樹の伐採に反対するのは他所の地域の住民だけで、沿道住民は皆、街路樹はない方が良いと思っているんだという発言が出ることもあります。
  
 でも、それは随分と乱暴な議論だと私は思いますよ。
  
 以前、自然樹形仕立てで管理されていたケヤキの街路樹をある時に強く切り詰めた街路で沿道全戸の住民の意識を調査したことがありました(*)。

*Tetsuo HOSONO, Yuko NISHI, Eijiro FUJII (2010) A Study of Planning and Management of Roadside Trees by an Analysis of the Consciousness of Residents at “Keyaki Dori” (Zelkova Street) in Matsudo, Journal of Landscape Architecture in Asia Vol.5, 243-248

強剪定が実施された街路樹(ケヤキ)。
剪定に耐えられず枯死してしまったケヤキも見られた。

 細野:  管理方法が変更になった理由は、主に住民からのクレームです。
 その調査の結果は、これだけ強剪定してもまだ不十分だという方が26%でした。
 この層は、本当にここの街路樹に強い不満を持っている方たちですよね。
 普段から街路樹のクレームを入れているのもこの方たちでしょう。
  
 ところが、今までの方が良かったという方も32%いました。
 この層は、今までの自然樹形の街路樹が好きだったという方たち。
  
 残りは、どちらかと言えば強剪定して良かったという方で42%です。
 その中には、これまでの街路樹に強い不満はなくても特に良いと思ったこともなかった、街路樹自体に無関心な方が多く含まれています。いわば浮動票です。
  
 このような層に街路樹の意義を理解してもらえるような政策を実施していくのが、自治体の仕事だと思います。
 気候変動への対応や、住民の健康や生活環境の改善のために、都市の樹木を増やしていこうと様々な政策を打っているのが世界的な潮流なのですから。
  
 ― 自治体が街路樹に強い不満を持っている一部の方たちの意見を沿道住民の総意のように捉えてしまったことは残念ですね。
  
 細野: 普段、街路樹の担当者が街路樹に対する市民の気持ちを直接知ることができる機会はクレームくらいしかありません。
 満足している人はそのことをわざわざ自分から教えてくれませんから、その意見はこちらから集めにいかない限り聞くことはできないんです。
  
 結局、担当者は、市民は基本的に現状の街路樹に不満があるものだと考えるようになりがちですが、そこに大きな間違いがあります。



 ― なぜ説明会では反対意見が出なかったのでしょうか。前編その2で伺います。

なぜ熊本市の「街路樹再生」事業は中断を余儀なくされたのか?(前編その2)-事例から考える日本の都市樹木再生-


細野 哲央(ほその てつお)
  
 一般社団法人 地域緑花技術普及協会 代表理事
 樹木医 博士(農学)
 国立大学法人 千葉大学 客員研究員 

 樹木のリスクマネジメント、樹木医倫理の分野で日本の第一人者として知られ、樹木と人のかかわりを切り口として、多岐にわたる分野の調査・教育業績をもつ。
 植栽や庭園の施工・維持管理技術、緑化樹木の生産・管理技術、緑の生理・心理的機能、樹木の成長特性などにも造詣が深い。
 市民や若手技術者の育成には特に力を入れており、市民講座や自治体職員・技術者向けの研修会などで精力的な講演活動を行っている。 

一般社団法人 地域緑花技術普及協会(STAGE)では、市民と専門家が手を取り合い、地域の緑や花を豊かに、美しく、健全に、守り育むための情報を公開しています。

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