シリーズ「樹木の剪定講座」(基礎編)その1 なぜ剪定が必要なのか?
2022.02.04 コラム
#庭木 #植木 #管理 #樹形 #剪定時期
細野哲央(ほその てつお) 一般社団法人地域緑花技術普及協会 代表理事 博士(農学) 樹木医
(STAGE編集部の視点) 文化財の日本庭園など、高い評価を受けている庭園には美しく剪定された庭木があります。 自宅の庭木を同じように仕立てたいなら、やはりプロの植木屋さんに依頼するのが間違いありません。 それでも、自分の手で庭木をできるだけ美しく剪定したい…! そういう方もたくさんいらっしゃるはず。 そこで、STAGEでは、シリーズコラム「樹木の剪定講座」を開講することにいたしました。 講座では基礎編・実践編・応用編で構成し、樹木の剪定を「アカデミックに、でも分かりやすく」解説します。 講師は、植木の維持管理技術について市民講座などで多くの講演をされている細野哲央さん。 「樹木の剪定講座」の第一回目は基礎編。 「そもそも庭木をなぜ剪定する必要があるのか」「どのような形にするのか」「どのような剪定があるのか」「いつ剪定するのか」について解説していただきます。
なぜ剪定が必要なのか?
樹木は生育する環境に応じて自然に樹形を作っていくものですから、本来、樹木は人に剪定をしてもらう必要はありません。 むしろ、樹木にとっては、剪定されることで、光合成をおこない栄養を作る葉を減らされ、虫や菌類が侵入する傷口ができてしまうわけですから、実はかなり迷惑なことなのです。 つまり、樹木の剪定は、完全に人間側の都合により行われるものです。 では、なぜ人にとって樹木の剪定が必要なのか? シリーズ「樹木の剪定講座」(基礎編)の1回目は、剪定が必要な理由について整理しておきたいと思います。
(1)サイズが大きくなりすぎる
樹木は、その樹種の標準的な樹高によって高木と低木に分類する場合があります。 日本だと、樹高3mよりも高いものを高木と呼んでいることが多いですね。 (2-3mものを中木と呼ぶ場合もあります。) なお、樹高ではなく、樹形の違いによって、高木、低木、つるものに分類することもあります。 一般に、高木は主幹を持つもの、低木は地際から枝を細かく分岐させて幹と枝の区別が明瞭でないもの、つるものは自分で体を支えずに他の樹木や物体を支えにして高いところへ枝葉を伸ばすものをいいます。
(STAGE編集部)樹木の樹形について詳しく知りたい方はこちらのコラムをご覧ください。
樹木の樹形のはなし(1)樹木が本来持っている自然な樹形
樹木の樹形のはなし(2)ミクロなスケールの環境によって変化する動的な樹形
樹木の樹形のはなし(3)人による樹形の変化
さて、樹高3mよりも高い樹木は高木と呼ぶにしても、3m程度で自然に高さが止まるような樹木は多くはありません。 たとえば庭木としてよく植えられるキンモクセイのような樹種でも、環境の良い場所で放任すれば10m近くまで高くなります。 狭い空間に大きい樹木を初めから植えることはないと思いますが、始めは小さかった樹木が成長するにつれて支障が出てくることは多々あります。 お隣の敷地に越境している場合は隣人トラブルの原因になりかねませんし、電線にかかっている場合は強風で枝が激しく揺れたときに電線を傷める原因になります。 道路へ伸び出ている場合は道路交通の支障となり、歩行者や車両が接触する事故が起こることもあります。
(2)枝葉が茂りすぎる
(1)はサイズの問題でしたが、これは枝葉の密度の問題と考えてください。 枝葉が茂りすぎると、日当たりや風通しなどの住環境が悪くなりますので、湿気がこもる、洗濯物が乾きにくいなど、人の生活に支障が出てしまうことがあります。 こうした分かりやすい支障が出なくても、知らず知らずのうちに気分も暗くなってしまったりと心理的な影響もありえます。 逆に、このような環境は、菌類や昆虫類にとっては好適な環境です。 うっそうとした樹木の中は、温度湿度が高めで変化が少なく、風雨の影響も受けにくいですし、外敵から身を隠すことのできる環境ができるからです。 樹木の病虫害が発生すると、樹木にとって良くないのはもちろんですが、発生状況によっては人も不快に感じるものですし、チャドクガやイラガなどの毒を持つ害虫は人への直接の被害があります。 下層に低木や草花を植えている場合には、うっそうと茂った高木のために光が届かず、花付きが悪くなります。 下層植物の生育自体も不良になっていき、ひどい場合には枯死もありえます。 草花だと気が付いた時にはなくなっていたということもありますね。
(3)樹木を植えた目的が達成できない
わざわざ樹木を植えるのには、樹木のある景観や樹形を楽しむ、花や実を楽しむ、果実や木材を生産・収穫する、敷地の目隠しや仕切りなどなど、目的があるはずです。 サイズが大きくなっても放任していると下枝が日照不足で枯れ始めます。 そうなると、当初意図した景観や樹形は楽しめなくなってしまいます。
花や実も、それらが付く枝が上に上に上がっていってしまうため、思うように鑑賞することができなくなります。 果実の収穫も、作業範囲が広がり、より高所での作業になるため、作業効率が悪くなりますし、作業中のけがのリスクも上がるでしょう。
遮蔽効果や空間を仕切る効果を期待する生け垣の場合、隠したい位置の枝葉が枯れて減ってしまえば丸見えになってしまい、仕切り効果も十分に発揮されなくなります。
木材生産を目的とする人工林の場合、樹木が密に植えられていますので、下枝は残しておいてもやがて日照不足で枯れてしまいます。 樹木は成長する過程で樹幹内に枝が巻き込まれると「節」ができるのですが、枯死した枝が樹皮を付けたまま樹幹に取り込まれると、周辺の組織から節が浮いてしまいます。これを死節といいます。 死節は板材にしたときに乾燥収縮して抜け落ちしまうことがあり(抜け節)、価値も低くなってしまいます。 (生きている枝でできた節(生節)は、周辺組織とつながっているので材にしたときに抜け落ちるようなことはありません。) このため、人工林では下枝の枝打ちは必須作業となっているのです。
おわりに
今回のコラムでは、剪定が必要な理由について整理しました。 言われてみれば、というような新しい気付きがあったでしょうか。 剪定は人の都合により行われるものです。 人が利用することのない土地で生育する樹木であれば剪定は不要です。 逆に言えば人が生活・利用している場所であれば、樹木の大きさや茂り方には一定の制約が出てくるのは当然で、剪定を一切しないという管理はほとんど無理なことだと思われます。 では、剪定する場合に、どのような「形」を目指すべきでしょうか。 次回のコラムでは剪定と樹形についてお話しします。
シリーズ「樹木の剪定講座」(基礎編)その2 どのような形に剪定するのか?
細野 哲央(ほその てつお) 一般社団法人 地域緑花技術普及協会 代表理事 樹木医 博士(農学) 国立大学法人 千葉大学 客員研究員 樹木のリスクマネジメント、樹木医倫理の分野で日本の第一人者として知られ、樹木と人のかかわりを切り口として、多岐にわたる分野の調査・教育業績をもつ。 植栽や庭園の施工・維持管理技術、緑化樹木の生産・管理技術、緑の生理・心理的機能、樹木の成長特性などにも造詣が深い。 市民や若手技術者の育成には特に力を入れており、市民講座や自治体職員・技術者向けの研修会などで精力的な講演活動を行っている。
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