緑豊かなまちづくりを進めるための五つの要素~自治体システムの側面を中心に【シリーズ・みどりの現場から】
2022.11.11 コラム

#まちづくり #自治体 #緑化事業 #街路樹 #公園

東京都内自治体職員 某氏

都市のみどり研究会
「今日のみどりの姿は私たちが本当に追い求めてきたものだろうか?」

そうした想いをもった、長年都市のみどりをつくり、育てる仕事にたずさわってきた「みどりの技術者」たち。
彼らは「都市のみどり研究会」を立ち上げ、「今求められる都市のみどりの姿」について議論を重ねています。

シリーズ「みどりの現場から」。
本稿では、「都市のみどり研究会」のメンバーで、造園職として長年東京都内の自治体に勤務し公園や街路樹などの都市緑化事業に従事されてきた某氏に、緑豊かなまちづくりを進めていくために欠かすことのできない要素とは何か、自治体システムの側面を中心に伺いました(現役の職員であることに配慮し、氏名は伏せさせていただきました)。

契約制度

STAGE編集部:
A市では、一年間の公園と街路樹に関するすべての管理作業を一括して造園事業者に委託していますね。
その委託先は「プロポーザル方式」(*)で選定し、一年間の管理作業の成績を付けて、その結果次第で次年度以降も「特命随意契約」(*)が可能となっています。

しっかりとした技術を持つ事業者が継続的に受託しやすくなりますし、効率的で素晴らしい制度設計です。
*プロポーザル方式:複数の事業者から企画を提案してもらい、その中から最も適切な技術力や実績を有する事業者を選定する方式
*特命随意契約:業務発注の際、競争入札を行わずに特定の業者を指定して契約を締結する方式
某氏:
効率的で優良な事業者が受注しやすい契約制度は、自治体が実施する緑化事業を支える重要な要素の一つと考えています。

ただ、困ったことに、この制度にも課題が見えています。

人材

STAGE編集部:
というと?

某氏この制度を支えてきた人材が少なくなってきているのです。

職員の専門的知識や熱意も緑化事業を支える重要な要素です。
それらを持った職員が十分に育っておらず、制度の形骸化が始まっているように感じています。

STAGE編集部:
それはなぜなのでしょうか?

某氏理由は4つほど考えられます。

1つ目は、世代交代の失敗です。
A市では不景気のために長期不採用が続いてしまった。
そのため、緑化への熱意や専門的知識が若手職員に十分に受け継がれなかったように思います。

2つ目は、業務委託が増加したことです。
業務委託は人手不足を補える手段ですが、これによって起こるのは技術力の空洞化です。
近年は、技術研修までも、職員が講師にならず外部機関に丸投げするようなことが起きています。

私は技術研修では職員が直接講師を務めることも必要だと思っています。
教える側になると勉強するんですね。
ですから、講師役になることは専門的知識や技術力を向上させる絶好の機会なんです。

3つ目は、組織体制の問題です。
現在、A市では公園と街路樹を同じ部局が所管しているのですが、これがなかなか厄介です。

STAGE編集部:
それは意外です。

全国的には、公園は公園緑地の部局、街路樹は道路の部局と、別々に所管する自治体が多いと思います。
そのような場合、樹木に対する理解が乏しい担当者が街路樹を管理するようなことも少なくありません。

それと比べると、A市のような組織体制の方が良好な街路樹管理が期待できるように思えるのですが。

某氏確かにメリットもありますが、そればかりではないのです。

たとえば、街路樹の「根上り」(*)が原因となる道路補修や街路樹と街路灯の競合など、街路樹と他の道路施設で共通する課題は多いものです。
*根上り:街路樹の根によって歩道の縁石や舗装が持ち上がり歩行者の通行に支障が生じる状態
某氏A市もかつては道路の部局が街路樹を管理し、道路部局の街路樹担当部署にも造園技術職が配属されていました。
そのような時代には街路樹と他の道路施設の共通課題を解決するのは難しいことではなかったのです。

しかし、道路と街路樹の部局が分かれてしまうと、部局間の調整に結構な時間を割かねばならなくなってしまいます。
この点ではとてもやりにくくなりました。

また、公園と道路では、拠って立つ法規はもちろんのこと、樹木が生育できる広さや樹木に期待される機能性も異なります。

ですから、樹木の具体的な管理となると、実際には公園と道路で異なる点も多くなります。

職員は3年程度で異動していきますから、この短い間で公園樹木と街路樹の両方の管理に精通することは簡単なことではありません。

この短期間での異動が、4つ目の問題でもあります。

3年だとようやく業務の全体が見えてくる頃なのですが、そこで異動となってしてしまうと、結局、公園樹木と街路樹のどちらも中途半端になりがちです。

STAGE編集部:
日本では当たり前となっている公務員の頻繁な異動は、専門性を磨くという点では不合理なシステムですね。

一方で、こうした異動は特定の人や企業との癒着による汚職を予防するために必要だと考える人も多いと思います。

某氏優れた緑化事業を展開している欧米の諸都市をみるとき、技術や制度的な内容が注目されがちですが、多くの都市がまず職員育成から始めていることは注目すべき事実です。

例えばドイツのハンブルグでは、街路樹を担当する職員は長期にわたり従事させることで、街路樹のスペシャリストを積極的に育成しています。

しかしこのために汚職が蔓延しているわけではない。
在職期間と汚職を短絡的に結びつけることが日本の行政でスペシャリストの育たない大きな要因です。

STAGE編集部:
今日では社会のコンプライアンス意識が高まり、官公庁も民間企業もコンプライアンスのための様々な取り組みを実施しています。

公務員の頻繁な異動については、そのメリットとデメリットを比べると、考え直しても良い時期に来ているように思いました。

人員数と予算、キーマン、行政目標

STAGE編集部:
今お話ししていただいたことのほかにも、緑化事業の発展を支えるために欠かせない要素はあるでしょうか。

某氏事業量に見合う人員数と予算はもちろん大切な要素です。

そして、キーマンの存在も重要でしょう。
偶然性が大きい要素ですが、緑化事業の発展期・衰退期ともにそのようなキーマンの存在は無視できません。

最後にもう一つ、明確な行政目標が大切な要素です。

過去の大規模な緑化事業の多くは、明治維新、戦災、公害などの危機的状況が契機でした。
目標が達成されて危機感が喪失したとき、緑化事業は衰退していきます。

STAGE編集部:
記憶に新しいところでは、オリンピックを契機として大規模な緑化事業が行われました。
開催都市が外国から訪れる多くの人の目にさらされるというのも一種の危機感ですね。

ところで、緑化事業の目標は具体的にはどのような内容であることが多いのでしょうか。

某氏街路樹でいえば本数を目標にしていることが圧倒的に多いですね。
しかし、これが大問題で、ともすれば本数さえ足りていればどんな状態でも良いことになってしまうのですね。

つまり、街路樹の質に対して関心がないのです。
かつて先人たちが都市緑化の目標として本数を掲げた当時は、樹木を健全に育成することは当然のことで、事実そのように育成していたのです。
しかし、いつしか本数そのものを重視し樹木の健全性は軽視されるようになりました。

街路樹には、快適で安全な環境を形成するなどの役割が求められています。
いくら本数があっても枝を強く切り詰めた貧相な街路樹では、その役割が果たせないばかりか、景観の面では逆効果になってしまうでしょう。

STAGE編集部:
最近の街路樹計画は、逆に少ない人員と予算の方に合わせて、間引いて本数を減らすことを目標とするものも見られるようになりました。

ここでも緑の質の議論は置き去りになっているのが実態として多いようです。
こうした現状を変えるにはどうすればよいでしょうか。

某氏日本では経費削減のために緑化予算が削減される傾向にありますが、欧米先進都市では都市の緑は管理経費を超える経済効果(防災、保健、観光など)があることを数値で示す数理モデル(i-Tree)の導入が一般化しています。

さらに、欧米では目標を樹冠面積にすることが当たり前になっているのに、日本では樹冠面積の統計資料すら存在していません。

まずは緑の質に関わる資料を日本でも作る必要があります。

しかし、そうした資料は、本数の目標達成を喧伝してきた行政側にとって不都合な真実ともいえるものになるはずです。
ですからそれを国や自治体が作ることは期待するのが難しいかもしれません。
どこが作れるのか、ですね。

市民や専門技術者に

STAGE編集部:
効率的で優良な事業者が受注しやすい契約制度と、専門的知識や熱意をもつ人材とそのような人材を育成するためのシステム。
さらに、事業量に見合う人員数と予算、キーマンの存在、明確な行政目標。

これら5つの要素が緑化事業の発展を支えるために欠かせない要素であることが今日は良く分かりました。

緑の質についての議論や情報発信は、地域緑花技術普及協会(STAGE)でも一層取り組んでいきたいと思います。

緑化事業には官公庁だけでなく、市民や民間で働く専門技術者が関わる機会も多くあります。
とくに、都市緑化に見識を持つ市民の意見は、緑化行政に対して強い影響力を持っています。

今日のお話を伺って市民を含めた人材の育成が重要な課題だと改めて認識したところです。

最後に、市民や民間で働く専門技術者にメッセージをいただければと思います。

某氏都市緑化には行政、市民、民間事業者の3者の関係が重要です。
3者の関係が対立的であるか協力的であるかでは、都市の緑は大きく違ってきます。

行政には、都市の緑の否定的な意見(落ち葉、害虫など)が多く寄せられ、肯定的な意見(緑陰、潤いなど)が寄せられることは少ない傾向にあります。
その結果、行政は樹木を切り詰め樹冠を小さくしようとします。

緑への肯定的な意見を寄せることが効果的と思います。

また、民間事業者の専門技術者の方々も、専門的知識で行政への正しいアドバイス(ぶつ切り剪定は樹木を衰弱させ倒木のリスクとなる)を期待します。

そして、行政には市民、民間事業者との連携を強化する姿勢が今後ますます重要と思います。

東京都内自治体職員 某氏
都市のみどり研究会 

造園職として長年東京都内の自治体に勤務し公園や街路樹などの都市緑化事業に従事。
街路樹剪定講習会の開催、緑のボランティア制度などを実施。退職後は街路樹関係シンポジウムや著述に取り組む。

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