
#計画 #設計 #更新 #市民 #沿道整備推進協議会

細野哲央(ほその てつお) 一般社団法人地域緑花技術普及協会 代表理事 博士(農学) 樹木医
「神田警察通り」街路樹伐採計画
街路樹伐採計画を巡り、「神田警察通り」(東京都千代田区)が揺れています。 問題となっているのは、「神田警察通り」の改良工事(2期)の約230mの区間。 現在4車線ある車道の1車線を減らして歩道が拡張されるのですが、この工事で既存の街路樹がすべて更新されることが分かり、区民から反対の声が上がりました。 この問題について街路樹問題に詳しい細野哲央さんに伺いました。
2期工事区間の街路樹更新問題
(2)住民アンケート
― 区が2019年12月に沿道住民を対象に実施した「神田警察通りの整備にかかるアンケート」(配布数4704通、回収数680通:回収率14.5%)について詳しく教えてください。 アンケートの街路樹に関する設問と結果を記します。
問8 神田警察通りの街路樹について、どのように考えますか?
①今のままで良い 196人(29%)
②植え替えを含め課題解決してほしい 322人(47%)
③どちらとも言えない 98人(14%)
(問8で②を選択された方)
問9 神田警察通りの街路樹の樹種について、どのように考えますか?
①今と同じ樹種が良い 47人(15%)
②新たな樹種に替えてほしい 153人(47%)
③どちらとも言えない 118人(37%)
(問9で②または③を選択された方)
問10 神田警察通りの街路樹には、どのような樹木が相応しいと考えますか?
①花の咲く樹木 109人(15%)
②落ち葉の少ない樹木 148人(21%)
③紅葉(落葉)する樹木 65人(9%)
④病害虫の少ない樹木 115人(16%)
⑤樹冠の大きな樹木 33人(5%)
⑥街路空間に適した樹木 181人(25%)
⑦その他 58人(8%)
千代田区「神田警察通りの整備にかかるアンケート」2019
― のちに街路樹伐採に反対する住民らは設問が不適切だとしてやり直しを求めました。
「東京都千代田区の区道「神田警察通り」(約1・4キロ)の工事に伴う街路樹の伐採方針をめぐり、区が実施した住民アンケートについて「設問が不適切」との批判が相次いでいる。住民側はやり直しを求めているが、区は応じていない。」
東京新聞2022年1月8日「神田のイチョウ並木がピンチ… 学生街のシンボル、道路整備で伐採計画 住民は「切らずに活用して」」
細野:まず、住民の関心が高い内容で区が実施するアンケートなのに14.5%の回収率というのはあまりにも低いです。 分析に進んでよいのかためらわれるレベルの回収率の低さではありますが、住民の方たちが批判する設問内容についてそれぞれ詳しくみていきましょう。 2期工事区間の問題の全体像を先に知りたい方は飛ばしてもらえればと思います。
①神田警察通りの街路樹について、どのように考えますか?
- まず問8「神田警察通りの街路樹について、どのように考えますか?」です。 選択肢と結果は以下のようになっています。 ①今のままで良い 196人(29%) ②植替えを含め課題解決してほしい 322人(47%) ③どちらとも言えない 98人(14%)

(回答数683 *3件の複数回答を含む)
細野:問8は「課題解決してほしい」かそうでないかを尋ねる設問で、「植替えを含め課題解決してほしい」の割合が最も多くなっています。 アンケートに同封された趣旨説明文でも「大きく成長しすぎて歩道が歩きづらい」と街路樹の課題が具体的に明記(*)されているように、この結果は当然に予想されたものだと思います。 なお、本来、そういう書きぶりは回答者に先入観を与えてしまう「誘導バイアス」になるので適切ではありません。
*アンケートに同封された趣旨説明文には下記のような一文がある。 「街路樹が大きく成長しすぎ、根っこが原因による舗装の段差やひび割れ等が発生していることから、歩道が歩きづらいという課題があります」
― 最も回答者が多いと予想される選択肢にわざわざ「植替えを含め」というワードを絡めています。 これを結果として示すと、植え替えが容認されているような印象を与えてしまわないでしょうか? 細野:そうだと思います。 そもそも、アンケートのきっかけは街路樹の保存を求める陳情です。 ですから、本来はストレートに「保存してほしい」か「植替えてほしい」かを尋ねればよいはずなんですが、それをしていないのは何らかの意図が働いていると勘ぐってしまいますね。 ただ、この結果だけでも「保存してほしい人」の割合は少なくなさそうだ、ということは分かります。 「今のままで良い」と回答した人(29%)は「保存してほしい人」です。 それに加えて、「植替えを含め課題解決してほしい」と回答した人の中にも「課題解決して」かつ「保存してほしい人」が含まれています。 ― ということは、「保存してほしい人」は最低でも29%、実際にはそれ以上いるということですね。
②神田警察通りの街路樹の樹種について、どのように考えますか?
― 次に問9「神田警察通りの街路樹の樹種について、どのように考えますか?」はどうでしょうか。 問9は、問8で「植え替えを含め課題解決してほしい」と回答した322人のみが回答するものです。 選択肢と結果は以下のようになっています。 ①今と同じ樹種が良い 47人(15%) ②新たな樹種に替えてほしい 153人(47%) ③どちらとも言えない 118人(37%)

― 「植え替えを含め課題解決してほしい人」のうち、「新たな樹種に替えてほしい」という回答が47%という高い割合で示されています。 これは「新たな樹種に替えてほしい人」がかなり多いことを裏付けるデータでしょうか。 細野:そうともいえません。 この結果で分かるのは、全回答者の中で「新たな樹種に替えてほしい人」が153人いたということです。 問8では全回答者の29%が「今のままで良い」を選択しているのですから、「新たな樹種に替えてほしい人」についても全回答者に対する割合を出せばそのまま比較ができます。 一方で「植え替えを含め課題解決してほしい人」に対する割合を示す意義はほとんどないと思います。 それどころか、分母が小さい分、「新たな樹種に替えてほしい人」が多いような印象を与えてしまうので有害です。 ― そうすると、「新たな樹種に替えてほしい人」は全回答者の23%(153/680人)となり、 「今のままで良い人」(29%)の方が多い結果に。 「課題解決してほしい人」の中にも「保存してほしい人」が一定の割合います。 細野:はい、少なくとも街路樹に関して多数意見というものは存在せず、沿道住民の合意形成ができている状況ではない、といえそうです。
③「神田警察通りの街路樹には、どのような樹木が相応しいと考えますか?
― 最後に問10「神田警察通りの街路樹には、どのような樹木が相応しいと考えますか?」についてはどうでしょうか? この設問は問9で「新たな樹種に替えてほしい」「どちらとも言えない」と回答した271人のみが回答するものです。 選択肢と結果は以下のようになっています。 ①花の咲く樹木 109人(15%) ②落ち葉の少ない樹木 148人(21%) ③紅葉(落葉)する樹木 65人(9%) ④病害虫の少ない樹木 115人(16%) ⑤樹冠の大きな樹木 33人(5%) ⑥街路空間に適した樹木 181人(25%) ⑦その他 58人(8%) 細野:まず指摘できるのは、問8か問9でイチョウが良いと回答していた人は問10に回答することができないことです。 「神田警察通りの街路樹には、どのような樹木が相応しいと考えますか?」という設問であれば、イチョウが良いと回答した人を除外する理由はないはずです。 もう一つ、文言を少し変えるだけで印象が変わるような選択肢になっている気がします。 たとえば、「③紅葉(落葉)する樹木」から「(落葉)」を削除したら。 「⑤樹冠の大きな樹木」の「樹冠」を「緑陰」に変えたら。 印象が変わってこの選択肢を選ぶ人はもっと増えたと思いませんか? ― どちらの選択肢も既存のイチョウの良さとして挙げられるような内容ですね。 細野:もう一つ。選択肢でいうと、「⑥街路空間に適した樹木」は、サイズのことを言っていると思いますが、これは分かりにくいですね。 「⑤樹冠の大きな樹木」が選択肢にある以上、対応させて「樹冠の小さな樹木」とした方が回答者に理解してもらいやすいはずです。 そもそも、街路空間に適したサイズの樹木であるべきなのは樹冠の大小に関わらず当たり前のこと。 ですから樹種選定の参考にならない選択肢ですし、当たり前のことだけに票が多く集まるのは当然だと思います。 細野:最後に、問10では全回答者に対する割合が示されていることが問題です。 先ほど指摘したように、問10の結果にはイチョウが良いと回答した人の意見が反映されていません。 したがって、問10は全回答者に対する割合でなく、問10の回答者数に対する割合を示す必要があります。 ― 問9の分析では問9の回答者数に対する割合が示されていました。 細野:そこがさらに問題であると思います。 問9のほかは、街路樹以外の設問も含めて全て全回答者に対する割合が示されていました。 これでは、恣意的な分析をして印象操作をしていると指摘されたら、返答に窮するのではないでしょうか。 ― アンケート調査の後はどのような経過をたどったのでしょうか。 細野: 2020年2月に協議会(第16回)が開催され、アンケートの結果報告が行われます。 協議会では、区から「沿道協議会でのこれまでの協議内容とアンケート結果からの整備の方向性」として、下記の事項が示されました(より)。
・「歩行者通行空間と自転車走行空間の幅員の確保のため、街路樹を再整理」
・「既存の街路樹は撤去または移植により一度退く(ママ)必要がある」
千代田区まちづくり部資料
細野: これに対し、委員からは以下のような意見が出ています(街路樹に関する意見のみ抜粋)。
・「1期区間はせっかくきれいになったが、銀杏の木のため、決して広く見えない」
・「街路樹は沿道に面している町会の皆さんでまとまり、新しくできるゾーンに適した街路樹にしていただきたい」
・「街路樹自体が本当に必要なのか。そこから考えてもらいたい」
千代田区まちづくり部資料
― この協議会で街路樹更新の承認が得られたことで、既存のイチョウ街路樹の更新に向けて状況が動き始めたと言えそうですね。 次回はその後の経過について解説していただきます。
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細野 哲央(ほその てつお) 一般社団法人 地域緑花技術普及協会 代表理事 樹木医 博士(農学) 国立大学法人 千葉大学 客員研究員 樹木のリスクマネジメント、樹木医倫理の分野で日本の第一人者として知られ、樹木と人のかかわりを切り口として、多岐にわたる分野の調査・教育業績をもつ。 植栽や庭園の施工・維持管理技術、緑化樹木の生産・管理技術、緑の生理・心理的機能、樹木の成長特性などにも造詣が深い。 市民や若手技術者の育成には特に力を入れており、市民講座や自治体職員・技術者向けの研修会などで精力的な講演活動を行っている。
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